こんにちわ、すずらんです。
今日もブログをご覧いただきありがとうございます 🙂
今日は映画『チョコレートドーナッツ』の感想・考察です。
第二弾の考察なのに、またタイトルの中に「慈愛」という言葉を書いてしまった。
そう、本当の優しさとは強さなのだと。
目次
映画『チョコレートドーナッツ』
(原題『Any Day Now』)
映画『チョコレートドーナッツ』予告編はコチラ♪(今回は海外バージョンを載せますね♪)
映画『チョコレートドーナッツ』感想・考察
この前、ブログ
映画『チョコレートドーナツ』感想や考察~戦い続ける!慈愛の強さ~
にて、この作品のテーマである無償の愛について、そして、圧巻のラストシーンについて考察しました。
さて今回は!『チョコレートドーナッツ』第2弾!と致しまして、この映画でのお気に入りの感動シーンなどについて、紹介していきたいと思います。
この作品のあらすじやキャスト、スタッフなどの情報は、コチラをご覧下さい。
慈愛の訴え
この映画では慈愛に満ちた数々のシーンがあります。
その中でも私の心をつかんで話さない強い言葉、シーンがあります。
アラン・カミング演じるルディと、ギャレット・ディラハント演じるポールの、ゲイのカップル。
アイザック・レイヴァ演じるダウン症の少年マルコを、自分達の元へと取り戻し、一緒に暮らすことを認めてもらうための裁判。
マルコの人生を決める裁判のはずが、ルディとポールのゲイの話ばかりが取り沙汰されてしまいます。
そこでポールが訴える、素晴らしいシーンがあります。
※以下ネタバレします
これはマルコのための審理です!
何が最善であるのか分かっていますか!
今、施設でひとり座っている、一生施設で過ごすことになるマルコの審理です!
誰もあの子を養子に迎えたがりません!
なぜなら、背が低く、太っていて、
頭にハンデキャップがある子供なんか欲しがる人がいないからです!
誰もあの子を求めていません!私たち以外には!
私たちはあの子が欲しい!あの子を愛している!あの子を守りたい!
あの子に権利を与えて下さい!あの子にふさわしい環境を与えて下さい!
といったことをポールは叫びます。
私達は日頃、自分達の幸せを奪うものや自分達の行く先を阻むものに対して、怒りを感じたり、批判したりしますよね。
しかし、このシーンでのポールは、法というものに対する怒りなどは、既に飛び越えてしまったところの、それ程までに強い、それ程までに深い慈愛の訴えをします。
たとえ何があってもこの子だけは幸せにしたい!
守ってあげたい!傍にいたい!いますぐにでも!
私自身の世間や社会や周りに対する怒りなんてものは、ほんとちっぽけなものであるなと、思わされたところもありましたし、彼の慈愛のあまりにもの深さに、私はもう何も言葉がありませんでした。
是非このシーンに注目してみて下さいね。
ダウン症の少年の笑顔
ルディとポールと一緒にいる時のマルコは、本当によく笑います。
そして、その純粋な笑顔を何度も何度も見ていると、私はなんだか涙が溢れてきます。
彼の笑顔の裏には、いつも悲しみがあります。
悲しみが底にあった上の笑顔、悲しみの人生を抱えている人の笑顔。
幸せの表情なのに、胸を突き刺してくるんです。
マルコ演じる、アイザック・レイヴァ。
これ本当に演技なのかなと思ってしまう位の、素晴らしい表情です。
マルコのシーンって、
まるで失ってしまった自分の心の宝物を、ちょっとずつ取り戻していくような、
そんな感覚を味わうかもしれません。
例えば、おやすみ前にお話しを聞かせてもらう時、マルコが言います。
「ハッピーエンドで終わる話をして」
まだ子供にすぎない、彼の口からこの言葉が出ることに、私はすごくショックで、涙が止まりませんでした。
また、「ここがあなたのおうちよ」とルディに言われて、嬉しさのあまり泣き出すマルコ。
マルコの1つ1つの表情や行動って、
今までいかに彼が孤独と悲しみで溢れていた人生を歩んできたかを物語っています。
まだ子供なのに。
あなたは彼の笑顔を見て何を感じますか?
映画『チョコレートドーナッツ』まとめ
私にとっては忘れることのできない映画になった、『チョコレートドーナッツ』。
このストーリーの展開に、そして結末に、もしかしたらやるせなさや怒りなど様々な感情が沸いてくるかもしれません。
でも、それを超越する優しさに溢れた映画です。
本当の優しさは強さであることを教えてくれる映画です。
是非ご覧下さいね。
映画『チョコレートドーナッツ』はHuluでもご覧いただけます。
今なら2週間無料で視聴実施中です。
↓(下記HuluのWebサイトでチョコレートドーナッツと検索して下さいね♪)
それでは、今宵は、この辺で・・・ 🙂