映画『淵に立つ』感想や考察~強制的に淵に立たされた時に映るもの~

こんにちわ、すずらんです。

今日もブログをご覧いただきありがとうございます 🙂

今日は映画『淵に立つ』感想考察です。

見る者に全てをゆだねた映画。また1つ、凄まじい映画が産み落とされました。

映画『淵に立つ』

(英題『Harmonium』)

映画『淵に立つ』予告編はコチラ♪(決してネタバレしてはいけない映画、でも予告編は見てみて下さい 🙂 )

スポンサーリンク
投稿本文(h2)

映画『淵に立つ』あらすじ

鈴岡家は郊外で小さな金属加工工場を営み、夫の利雄(古舘寛治)と妻の章江(筒井真理子)、10歳の娘・蛍(篠川桃音)は穏やかに暮らしていた。ある日、利雄の古い知り合いで、最近出所したばかりの草太郎(浅野忠信)がやってくる。利雄は妻に何の相談もなく彼に職を与え、自宅の空室を提供する。

(シネマトゥデイより引用)

映画『淵に立つ』基本情報・キャスト・スタッフ

ジャンル:サスペンス、ミステリー

製作国:フランス、日本

監督:深田晃司

脚本:深田晃司

音楽:小野川浩幸

公開:2016年

上映時間:119分

映画『淵に立つ』出演者

八坂草太郎:浅野忠信

鈴岡章江:筒井真理子

鈴岡利雄:古舘寛治

山上孝司:太賀

設楽篤:三浦貴大

鈴岡蛍:篠川桃音、真広佳奈(8年後)

etc

映画『淵に立つ』受賞

第69回カンヌ国際映画祭(2016年)

「ある視点」部門、審査員賞、受賞

第38回ヨコハマ映画祭(2016年)

主演女優賞:筒井真理子、受賞

最優秀新人賞:太賀、受賞

第31回高崎映画祭(2017年)

最優秀作品賞、受賞

最優秀主演女優賞:筒井真理子、受賞

第90回キネマ旬報ベスト・テン(2017年)

日本映画ベスト・テン、第3位

第71回毎日映画コンクール(2017年)

女優主演賞:筒井真理子、受賞

第11回アジア・フィルム・アワード(2017年)

最優秀主演男優賞:浅野忠信、受賞

他多数受賞、ノミネート。

映画『淵に立つ』感想・考察

公開当時、映画館にて鑑賞しました。

カンヌ映画祭受賞作品であるということ。

そして、当時名前さえも知らなかった監督に興味を惹かれたということ。

ただそれだけの理由で、何の前知識もなく見に行きました。

見終わって、「また1つ、映画界に凄まじい映画が産み落とされたな」と思いました。

日本で公開されすぐに見に行ったのですが、劇場はガラガラで、「なんでこんなに凄い映画なのに人が入っていないんだー!」

と叫んでしまいそうになった程でした。

しかしその後、まるでこの映画の象徴する不気味さが背中を押すように、じわりじわりと、得体の知らない生き物のように拡がっていった映画です。

私なりにですが、ブログを書いてみたいと思います。

SNSなど、この映画について書かれている記事がたくさんあります。

そちらをご覧になるのもいいかもしれません。

自己ルールだけで生きる人間の狂気

浅野忠信演じる、八坂草太郎。

彼は人生と日常の全てを、自分自身のルール則って生きています。

完璧に、100%、ミスなく。

そして過去、彼のルールの中の約束を破っってしまった、古舘寛治演じる、鈴岡利雄。

出所後、八坂は利雄の目の前に現れ、復讐をしていきます。

それも淡々と、もちろん自分自身のルールに則って。

自分のルールを突き通す為にはどんな残酷なことでもします。

そこに法も、常識も、良心も、命の重さも、感情すらもありません。

人って誰しも「こうあるべきだ」といった、自分だけの頑固なルールってあると思いますし、

そのルールに則って、人生を日常を生きている部分ってあると思います。

自分だけのルールが侵される時、侵されざるを得ない時、

どこかで折り合いをつけて、あきらめて、自分をごまかして、時には逃げて、心の奥まで触れないようにして、なんとか自分を納得させようとして、忘れようとして、

なんとか生きている存在なんだと思います。そうしないと人は生きていけませんよね。

1人だけで生きているわけではありませんし、それが周りと調和して生きていく方法の1つですし。

そうすることで得られる幸せも学びもありますし。

しかし、この作品では

徹底的に自分だけのルールに則って生きてしまった人間の狂気を表現していて、

しかも、その狂気そのものって、私の隣のあの人にもあるし、日常どこにでもあるし、きっと私の底にも在るよなって、絶対的に抱えているもの、逃れられないものとして実感させてくるんです。

人間の底に衝撃を受けますし、自分の底にあるものにも衝撃を受けるかもしれません。

何故ここまで味わいさせてくるのか

日常生きていたら、絶対に目を背けたくなるものを、逃れられないほどに感じさせてくるのが、この映画の特徴だと思います。

映画を見ている間は、まるでこの作品に縛られてしまっているような感覚です。

これらを支えるのは、計算尽くされた脚本、生活音の入れ方や弱々しい音楽の使い方、日常的な行動をしながら何気なく言い放つ、はっとするような台詞。

ネタバレになってしまうので具体的には書けませんが、非常に巧みに仕組まれています。

深田監督は日常の中で描くことに徹底しています。

狂気もトラウマも恐怖も極度な癖も家庭崩壊も・・・全てを日常として描いている。

これらををいかにも大事件であるかのような、非日常として描いていたら、この映画が与えるものは、正反対のものになっていたことでしょう。

俳優の真骨頂を支えたもの

メインキャストである3人。浅野忠信、筒井真理子、古舘寛治。

彼らは今までも様々な作品において、各々に素晴らしい演技をし、映画界を支え、時には引っ張ってきた方々だと思います。

しかし、『淵に立つ』での3人、今までにないくらいの独特な質感に溢れており、

正直、ある意味で、彼ら1人1人の真骨頂を見た気がしています。

以前、深田監督のツイッターで

こんなつぶやきを読んだことがあります。

彼の現場というものに対しての強い想い。

もしかしたら・・・この想いでもって、深田監督が丁寧に作り上げた、現場でのやり方や空気が、

この3人の真骨頂を産み出したんじゃないかなって、私は思います。

気持ち悪いと言うだけの人の深層は

私の周りには、『淵に立つ』を見て、気持ち悪いとか、恐いとか、嫌悪感を示すような人も正直いました。

そう感じることは、ある意味正常な反応である気がしていて、それはそれで分かる気がするんですよね。

そう思いそう口に出すことで、自分の心を守っている、防衛反応のようなものだなと思いました。

しかし、私個人的には、「その防御の壁を、敢えて取っ払っみた場所で、改めて人間の底を覗いてみないか!」

と言いたくなってしまいます。だってこれは映画ですから。

防御している感情の、その下をどんどん掘り下げていくと何かを感じさせてくれる、予想を遥かに超えた、深い映画なのだと思います。この作品。

ラストシーンは言いたくない

衝撃のラストシーンなので、具体的には何も書きたくありませんが 😳

最初から、大切な何かが破綻して屍にも見えてしまう利雄のことを、正直、現代社会においてこんな人いるよなと、悲しい思いで見つめていたのですが、

ラスト、利雄が生身の人間に見えた瞬間がありました。

失ってしまった人間らしい何か。

それは過去、八坂との間に起きたことにより失ってしまったものなのかもしれません。

しかし八坂と再開し、人生を崩壊させられ、どん底の最後の最後で!

失ってしまった人間らしいものを、取り戻したような気がしてなりませんでした。

八坂という人間を単純に否定することも何もできなくなり、立ち上がれないほどのラスト。

是非ご覧下さい。

映画『淵に立つ』まとめ

具体的に何もネタバレせず、意味の分からない考察になってしまったかもしれませんが、

強制的に淵に立たされ、否応なく人間の底を味わいさせてくる凄い作品です。

見終わって、

自分のルールを、果たしてどう善悪に照らし合わせて生きていけばいいのか。

私達1人1人にゆだねられている作品でもあります。

深田監督は、これからもきっと、数々の映画で、

私達の心の奥深くに、とてつもない衝撃を与えてくることと思います。

日本映画界だけでなく、海外においても映画界を引っ張っていって欲しい監督さん。

それでは、今宵は、この辺で・・・ 🙂

ブログランキング

ブログランキング参加中です。応援していただけると励みになります♪

人気ブログランキング
にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村

スポンサーリンク
投稿本文(h2)
投稿本文(h2)

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする