映画『地下鉄に乗って』感想や考察~映画とミュージカルを比較~

こんにちわ、すずらんです。

今日もブログをご覧いただきありがとうございます 🙂

今日は映画『地下鉄に乗って』感想考察です。

(『地下鉄に乗って』←メトロに乗ってと読みます)

「同じ原作なのにここまで違うのかい!」映画版!『地下鉄に乗って』とミュージカル版!『地下鉄に乗って』・・・

でも、どちらもせつなすぎる結末に心の生き場を失います。

映画『地下鉄に乗って』

映画『地下鉄に乗って』予告編はコチラ♪
http://youtu.be/zjWDUYj2PZM

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映画『地下鉄に乗って』あらすじ

小沼グループの創立者である父親の小沼佐吉(大沢たかお)との葛藤を抱え、絶縁状態で生きる息子の小沼真次(堤真一)。
ひょんなところから、愛人の軽部みち子(岡本綾)と一緒に、父親の幼少時代、青年時代へとタイムスリップする。
そこには真次の知らない、壮絶な父親の生きざまが在った!

映画『地下鉄に乗って』基本情報・キャスト・スタッフ

ジャンル:ドラマ
製作国:日本
原作:浅田次郎
監督:篠原哲雄
脚本:石黒尚美

公開:2006年

上映時間:121分

映画『地下鉄に乗って』出演者

長谷部真次:堤真一

軽部みち子:岡本綾

小沼佐吉、アムール:大沢たかお

お時:常盤貴子

野平啓吾:田中泯

岡村会長:笹野高史

etc

映画『地下鉄に乗って』感想・考察

あまりにも違いすぎる映画版とミュージカル版!

映画をDVDにて鑑賞し、ミュージカルをTVで鑑賞しました。

この作品、おなじ原作のはずなのに・・・まるで違う作品が誕生しております。

ヴィヴィットさのレベルがまるで違います!

ミュージカル(最強)→原作(基準値)→映画(淡い)です。
しかし、それぞれの良さがあります。

最強の!ミュージカル版について

昔々TVで放送されていた、2000年に音楽座ミュージカル版『地下鉄に乗って』を見たことがありますが、
暑苦しさ最強です!

ちなみにミュージカル版(2000年)は

堤真一⇔石川弾
岡本綾⇔毬谷友子
大沢たかお⇔沢木順
常盤貴子⇔福麻むすみ
田中泯⇔すまけい

のキャストでした。

2007年、2014年にも別キャストで再演されているようです。
最も恐ろしさを感じたのは、毬谷友子の脅威の表現力。
歌唱力が素晴らしいのは勿論のこと、それよりも何よりも、

「軽部みち子の人生がもしや憑依してるのか!?」
という位、執念の演技です。恐ろしい・・・。

人生の内で機会があれば、
是非一度、舞台での彼女の燃えたぎる演技を見ることをお勧めします!

そして、彼女の執念にに呼応するように、もしかしたら、勢いで一緒にのっかっちゃっている?ように、暑苦しく奮闘する石川禅もなんだかとてもいいです。

最初は出演者のちょっと過剰?とも思われる芝居や、「いきなりここで歌うんかいな!」という、日本のミュージカル特有の違和感に、タモリとおんなじ気分になり、ちょっぴり恥ずかしく、笑ってしまったりするのですが、
中盤あたりからは、不覚にもどんどん引き込まれ、
ついには、一緒になってボロ泣きし、叫び、うめき、歌いそうになっている私がいました。

たまには、ひいてしまうくらい徹底的にやってしまう舞台もいいんじゃないかと思います。
だって大昔に見た作品なのに、いろんな意味で、今でも私の心にしがみついて離れられないのですから。

音楽座ミュージカルの、映画上映特別版予告なんてものがコチラから見れます♪
(あの凄まじい毬谷友子じゃないけど 😳 )
http://youtu.be/SzgVkTQJ-n8

淡い映画版について

映画版の『地下鉄に乗って』ですが、流石の篠原哲雄の監督力です。
淡々と非常に淡々と、そして美しく寛大な映像と共に物語が進んでいきます。

怨念込めまくってギラギラと演じる毬谷友子に比べ、全てをあきらめ、受け入れ、静かに演じる岡本綾がいいです。
同じ役ですが別人です。

岡本綾の冷静さが、かえって軽部みち子の苦しみを露呈させています。
見る人によっては、こちらの方が心の痛みがズキズキと伝わってくるかもしれません。

私は、岡本綾演じる軽部みち子を見ていると、

古事記に登場する、海の神様のお怒りを鎮める為、自ら海に飛び込んで命を絶った、日本武尊(たけるのみこと)の妃、弟橘媛を思い出します。

軽部みち子は慈悲と自己解放を同時に成した女性なのでしょうね。

ところで、岡本綾さんはいろいろあり、引退してしまったのでしょうか?
いつか、彼女の独特な美しい女優姿を再び見たいですね。

一方、堤真一は男の不甲斐なさが全面に出てしまってます。
父親との葛藤を乗り越えていく姿はとてもよかったのですが、男女関係については、「本当は愛してなかったのかな」と思ってしまう程に曖昧で薄く、

男の情けなさや卑怯さに、女性はちょっとがっかりしてしまうかもしれません。
(もしかしたらそれが作り手の狙いかもしれませんが。)

映画版でどうしてもどうしても納得できないラストの真治!?

※以下ネタバレ含まれます。

この作品は、
真次とみち子が真次の父親の小沼佐吉の過去にタイムスリップしている内に、みち子の方が自分と不倫相手の真次が、実は腹違いの兄弟関係であることに気付きます。
その罪を清算する為に、自分を身ごもっている当時の母親を突き落とし流産させ、この世から自分を消し、真次の記憶からも自分を消してしまうという悲劇的な結末を迎えます。

ここで納得できなかったのが、
真治が自分達が腹違いの兄弟である真実を知った時、ショックでない、少し穏やかにも見える不思議な表情をしています。
また、みち子が母親を突き落とし死ぬ時の、真治の苦しみをほぼ描いていません。
そして、何事もなかったかのようにカラッとみち子の記憶が消え、ラストを迎えます。
「彼は何も苦しまず、悲しみにもくれず、罰を全てみち子に渡す気かー!」

ちなみに、ミュージカル版はここまでもか!
というくらい石川禅がクサくクサく顔を涙でぐちゃぐちゃに歪めながら苦しみを表現しています。
映画ではなにか意図があったのでしょうか・・・?それが男の不甲斐なさというところなのでしょうかね・・・?

映画『地下鉄に乗って』まとめ

この映画のテーマでもある、「罪と罰」。

映画の中でもドストエフスキーの「罪と罰」が象徴的に映し出されておりましたね。

罪というものは何なのか、それに伴う罰というものとは・・・?またいつか考察してみたいと思います。

それでは、今宵は、この辺で・・・ 🙂

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